[0030]X線応力測定の原理
X線応力測定(残留応力測定)の原理を式1つだけでわかりやすく説明するものです。
X線残留応力測定センター info@x-rsmc.com は、鋼とアルミを対象に安価かつ短納期の応力測定サービスをご提供しています。
インターネットの時代。原理の説明は、ネット上の記事にも数多くあります。でもだいたい同じ式で同じような図です。これでピンと来ない人はどうしたらいいのでしょうか?
ここでは、無謬性、厳密性、網羅性を捨てて、できるだけ式を使わずに直感的に説明しています。
式を使わない等の理由で一部正確性にかける部分もあります。また、他の記事と説明が重複する部分は、説明を省いてあるものもありますので、教科書や特集とあわせてご覧ください。
以下にX線応力測定の概念図を示します。
格子面間隔分布変化
以下の六角形は結晶粒だとします。実際にはありませんが同じ大きさものものがあったとします。
無応力の場合は、A,B,Cの長さは同じです。
圧縮の応力が加わると力が加わった方Bが縮みます。AとCもBほどではありませんが縮みます。
引張の応力が加わると力が加わった方Bが伸びます。AとCもBほどではありませんが伸びます。
ABC長さは、応力の正負と大きさによって図のように変わることがわかっており、ABCの長さの分布により応力が推定できます。
実際は結晶粒の大きさは一定でないので結晶格子面間隔をX線の回折で測定して応力を推定します。
結晶格子面間隔の絶対値を精密に測定するのは極めて難しいためABC方向の変化量から応力を推定します。
X線の回折によりABC方向の格子面間隔変化量をX線プロファイルのピーク位置の変化に変換して応力を推定します。
実際はポアソン比(横に引張ると縦に縮む現象)があるのでもっと複雑です。
以下詳細説明
当社は実際に測定する会社ですので具体的な数字が記入してあります。当社の主なターゲット マルテンサイトとフェライト鋼を対象に 211面をCr Kα線で測定する際の数字です。図が小さくて見えづらい場合は、クリックすると大きくなります。
格子面間隔dと向きψ、応力σの関係
マルテンサイトとフェライト鉄 211面
鉄BCCの原子間は、2.866Åですが、測定に使用するのは211面で間隔はd=1.17Å になります。残留応力により間隔は変化します。 参考2.87/1.17=√6 (6=22+1+1)です。
図1.鉄フェライト211面
図2.鉄フェライト211面の法線ベクトルと面間隔d=1.17Å
結晶粒
製品の鋼を顕微鏡で観察すると、同じ方向を向いた結晶が塊になっている結晶粒があります。大きさは、1μm以下から目に見えるくらいまでです。様々な方向を向いた結晶粒が集まって金属組織を作っています。
結晶粒は、検索するとたくさん画像がでてきます。参考にしてください。
結晶粒サイズが小さくて、法線ベクトルの方向がランダムな方が精度よく測定できます。45μmで誤差±20MPaとX線応力測定標準にあります。
残留応力があると法線ベクトルと応力の大きさと角度により211面の間隔dが変化します。
蛇足:結晶粒は、細かいほど鋼の機械的な性質が向上します。疲労特性も上がってきます。応力測定の際に粗大結晶粒が見つかった場合は、測定の要否と適正な材料であるかをまず判断してください。
応力が低い場合は、応力測定の必要性がありますか?
応力が高い場合は、粗大結晶粒の発生する材料は、機械的な性質が低下しています。そのような材料を使用してもいいのですか? 鉄鋼会社は、粗大結晶粒が発生しない鋼を何十年も研究しつづけています。そのような鋼材を検討してください。
図3.結晶粒の模式図
残留応力がない場合は、211面の隣接する面との間隔は、 d=1.17Å ですが、残留応力があると211面間隔dが変化します。
応力なしの場合は、ψによってdが変化しませんが。圧縮または引張の応力があるとψによってdが変化します。
引張応力であれば、d(ψ=0°)<d(ψ=30°)<d(ψ=45°)
圧縮応力であれば、d(ψ=0°)>d(ψ=30°)>d(ψ=45°)
となります。
ψは、被測定試料面の法線と被測定結晶 211面の法線のなす角です。
図4.応力とψによるdの変化
211面間隔dとψの関係を下図に示します。ψ=0度では、図の水平方向に応力がかかってもdが変化しませんが、ψが大きくなるにつれてdの変化も大きくなります。緑が残留応力なし、オレンジが引張応力、青が圧縮応力の場合の面間隔の分布です。(ポアソン比は考慮していません)
図5. 211面間隔dの面角度ψと応力σの関係
ψ=0度付近は、211面法線方向と応力の方向が直交なので211面間隔dは変化しません。
ψ=90度付近は、211面法線方向と応力の方向が平行なので211面間隔dは最も変化します。
ψ=45度付近は、cosα法では理論上最も精度がでます。
他社に測定を依頼される場合は、なぜ45度で精度が高くなるか質問してみてください。わかりやく説明できれば合格です。
つまり、211面間隔dとψを調べれば応力が推定できるということです。211面間隔dは、法線方向に応力がかかると最も伸び縮みします。
実際には、残留応力が、200MPaでひずみが1/1000程度なので、グラフで書いても認識できません、そこでこのグラフではひずみが誇張してあります。解説 鉄のヤング率は206GPaなので1/1000のひずみで発生する応力が206MPaです。
211面間隔d,sin2ψと応力σの関係
X軸をsin2ψにしてY軸をdとすると関係が直線になることが知られています。その傾きが、応力σと比例します。
図6. 211面間隔dとsin2ψの関係
211面間隔d,sin2ψと応力σの関係がわかりました。ψは測定、計算可能なのでdがわかれば応力σが計算できます。
211面間隔d, X線回折プロファイルの回折ピークの角度(2θ)の関係 ブラッグの式
この211面間隔d=1.17Å程度なので、dを直接測定するのは難しく、X線の回折現象を利用して回折ピークの角度2θを測定し、dを計算します。
X線回折におけるブラッグの式は
2dsinθ=λ X線の波長は、 λ=2.29Å (Cr Kα線 固定です。)
ブラッグ角は、無応力時 θ=78.2度になります。通常の入射角度の補角になります。
図7.X線回折現象
実際には、X線回折の強度分布から2θを推定します。上図でX線の強度分布のピーク位置を2θとします。
X線入射角度ψ0とセンサーの位置により、ψを変化させて2θの変化量を測定します。2θは応力により下図のようにかわります。dとは逆の動きをします。sin2ψの変化0〜1(0〜π/2)に対して2θが1度変化する時の応力が -318MPaです。
図8. 2θ-sin2ψ線図
したがって以下の3つの関係がX線応力測定の代表的な2つの方法のキモになります。
図9. 211面の角度ψと面間隔d、ピーク位置2θの関係
実際には、下図のようにψを変えて2θを測定しdを計算します。cosα法(緑線)は、ある範囲を数百点、sin2ψ法(赤点)は、ψを例えば0-45度間で数点を測定します。それらの点を直線近似して傾きから応力σを計算します。σが大きくなっていくとdが小さくなるので圧縮応力です。
図12. 211面の角度ψと面間隔d、ピーク位置2θの関係 cosα法(緑線)、sin2ψ法(赤点)
下左図にX線のプロファイルを示します。2つのプロファイルを重ねてプロットしています。上の暖色系のプロファイルは600MPa程度の引張で下の寒色系が-160MPaの圧縮サンプルです。グラフの横軸が2θで、Z軸方向がX線の回折強度、奥行き方向がψが減少する方向です。ψの変化によるX線のプロファイルの頂点の軌跡(白線)の増減が引張と圧縮では逆になっているのがわかると思います。X軸をsin2ψ(cosα)にすることによりピークの位置2θの変化が直線的になることがわかっています。
下図は、あくまでも感覚的にわかってもらうための図であり、正確ではありません。
図13. 引張=暖色系 圧縮=寒色系 の測定結果 2θ-sin2ψ(cosα)図
X線での2θの測定方法
法線成分がψ方向の2θの測定方法にはいつかの方法があります。ψ=30°の例
下図の左2つがsin2ψ法のΩ法とψ法 右がcosα法等の2次元センサーを用いた方法です。
図14 左 並傾法(Ω法)中 側傾法(Ψ法) 右2次元センサー(cosα法)
sin2ψ法は、30度を0−45度くらいまで変化させて2θを測定するわけです。
cosα法は、X線入射角度ψ0でψ0±η(30±11.8度)の範囲の情報から応力を推定します。
下図からわかるように
2θ-sin2ψ線図が直線の場合には、cosα法もsin2ψ法も測定値がよく一致します。
曲がっている場合は、一致しない場合があります。
詳しくは、cosα法とsin2ψ法の応力値の違いを参照してください。
図15 sin2ψ法とcosα法のψ範囲を示した図 下の矢印のように入射角ψ0を変えるとψの範囲が変化します。
結晶 211面の法線の方向は、通常ランダムです。したがって、どのようなψでも同様に測定ができます。
鋼は多くの場合、X線残留応力測定に適した状態になっています。当社が鋼をメインにビジネスを行うのは、正確な測定ができるからです。
測定の実際 cosα法
X線を傾けて照射すると傾けた方向の応力が測定されます。測定点はレーザーでマーキングされます。
図16 左:測定の様子 右:測定点拡大
これは先ほどのこの図に相当します。2次元のイメージセンサーにX線の強度分布(デバイ環)が出現します。
図17 左:測定位置の模式図 中:測定されたデバイ環 右:211面の角度ψと面間隔dの該当位置
この強度が一番高い頂点の角度からひずみを計算してプロットすると。残留応力がほとんどない場合(図左)圧縮の-1600MPa (図中) 引張の1060MPa( 図右)となり応力が計算できます。
図18 2次元センサー上 デバイ間のピーク位置からひずみを計算した図。
左:応力がほとんない状態。 中:圧縮応力 右:引張応力
図14は、応力が0になる黄色の円を加筆した図です。
図19 2次元センサー上 デバイ間のピーク位置からひずみを計算した図に応力〇の円を加筆したもの。
左:応力がほとんない状態。 中:圧縮応力 右:引張応力
以上の説明を1つの図にすると図15のようになります。ひずみ(2θピーク位置)の真円からのずれで応力が推定されます。
図20 cosα法のまとめ
図21にcosα法とsin2ψ法で測定した結果例 d-sin2ψ線図を示します。sin2ψ法は、ψが0-45度間でsin2ψが等間隔になるように5点測定しています(赤点)。cosα法は、X線入射角度が28度で28±11.8度間を約400点測定しています(緑点)。 線に見えるのは測定点の集合です。
cosα法は、sin2ψ法に比べて圧倒的多数の測定情報から応力を計算していることがおわかりいただけると思います。cosα法では単一のX線入射角で高速かつ正確な測定が可能です。
図21 cosα法とsin2ψ法で測定した結果例 d-sin2ψ線図
図22に測定したψの位置を示します。左側のsin2ψ法は、0−45度の間を5点測定しています。右はcosα法で回折環の情報をほぼ全周にわたり400点測定しています。
図22. sin2ψ法の測定点(左)とcosα法測定点(右)
assumptions [炭素鋼][アルミ][ステンレス][弾性等方性] contradict[集合組織][応力勾配][粗大結晶][3軸応力]