[0089]X線応力測定の標準化にユーザーは何を期待しているのか

標準化にユーザーは何を期待しているのか

        株式会社 X線残留応力測定センター 三島由久

What engineers expected to the Standard Method for X-Ray Stress Measurement

Yoshihisa MISHIMA


1 緒   言

近年,X線応力測定では,sin 2 ψ法に加えて,cosα法や二次元検出器を用いた新たな方法が提案されて比較的簡単に測定ができるようになりました。またX線応力測定の普及に伴って、商取引の条件として応力値が記載され始めるようになり、測定値の信頼性がより厳しく問われる事態となっています。さらに、製品の製造上の問題や課題を応力で解決しようとするユーザーも増えています。そのユーザー、主に製品を開発しているエンジニアは、X線応力測定の普及に伴う諸問題を標準化が解決することを期待しています。

2 調査方法

以下の情報よりエンジニアがX応力測定標準に期待するものを帰納的に推定しました。

X線による応力測定で顧客の問題解決サポートした時に見聞きした情報

・非破壊検査協会の現場指向研究委員会1)でのアンケートおよび討論の内容 

 

3 ユーザーが期待することは、応力測定に付随する問題の解決

ユーザーは、応力測定の普及に伴う諸問題の解決を測定標準に期待していると推定されます。

A:商取引における測定応力値の保証の問題。

B:応力測定により製造上の課題を解決する際に発生する諸問題

C:原因不明の測定値の信頼性が低い問題

 

3.1 A:商取引における測定応力値の保証の問題

かつてX線応力測定装置は、特殊で高価な装置で上場企業の研究所または大学にのみ設置されていました。その1台の装置の測定値が事業体の内部で使用されている間は、メーカーの取説または独自に作成した作業標準書にしたがって測定された数字であれば、測定値の信頼性または互換性は、大きな問題にはなりませんでした。

しかしながら研究所での研究成果が工場に移転される、さらに外部の事業体に製造が発注されるようになり、製品の要求仕様書に応力値が記載されるようになると互換性とその精度保証の問題が発生します。典型的な例としては、ショットピーニングを施した材料を測定した値が発注元と発注先で違う、強集合組織の場合は、測定機関によって測定値の正負すら違うことが起こります。そのような問題を回避する標準的な方法が求められます。

ユーザーが測定の標準に期待することは、測定標準で推奨された方法で測定すれば誰でも同じ測定値が得られること。できればその値が正しいことです。いいかえれば、社会的に受容できる誤差の範囲内に測定値が含まれていることを保証する必要があります。

 

3.2 B:応力測定により製造上の課題を解決する際に発生する問題

ユーザーの多くは、企業の技術者または研究者で 製品、部品の開発に携わり高性能化の長寿命化、軽量化、課題を課せられていたり、破壊や変形の問題の解決を担当していたりします。そのような課題や問題の解決のためにX線による応力の測定や制御を利用しています。

応力測定では、測定したい場所が測定できない問題が頻繁に発生します。機械部品で、応力の問題を起こすのは、主に応力が集中する部分です。具体的には、曲面、凹凸面、切り欠き底、ギアの歯底、段差、溝の底等ですが、X線の応力測定には、一定の平面が要求されるため、応力集中部分は測定できない場合が多くあります。エンジニアは応力集中部分の測定が標準化されて測定できることを望んでいます。

また、エンジニアは、必ずしも測定の難しい場所を高精度で測定する方法を要求しているわけではありません、問題や課題によって測定に要求される精度、信頼性の程度は様々です。商取引で使われる応力値が社会的に受容できる範囲内の、例えば10%以内の誤差を求められるのに対して、問題解決はそのアクション(制御)によって要求される測定精度が決まります。例えば、採用すべき材料のA社製と B社製がありどちらかの材料を応力により選択する場合、測定値と真値で AB値の逆転がなければよいという低い精度の要求になります。また、測定値によって製造時の処理条件の変更を行う場合、その条件変更が応力に及ぼす影響の精度があまり高くなければ、測定精度に対する要求も低くなります。応力の制御精度が低ければ、むやみに測定の精度が高くてもあまり意味がないというわけです。

また、誤差の見積があれば、その誤差を安全率に参入することにより測定値を設計に使用することもできる。したがって、推奨する測定の方法と測定誤差の見積が重要になります。

技術者は、コストや納期などの様々な制約の中で最適な方法を探して実行して課題をクリアしていきます。したがって、X線の応力測定は、それが最適であると判断された場合のみ利用されます。提供する機関が少ない特殊な方法や高価な方法は採用されません。

3.3 C:原因不明の測定値の信頼性が低い問題

非破壊検査協会の現場指向研究委員会での委員やオブザーバーを対象としたアンケート結果は、応力測定に不満を持っている人が80%を超えており、測定値の信頼性やバラツキの問題を指摘していました。また、残留応力測定の営業をすると、応力値の信頼性の問題を指摘されます。

その後の調査にも関わらず信頼性が低い問題の原因はまだわかっていません。理由としては、企業秘密の壁があるように思えます。

応力測定の測定値の信頼性に不満を持っている人は、その原因が測定機器にあると考えている人が多いと感じます。しかし、私の経験では、測定値のバラツキは、主に材料起因であることから。不満を持っているユーザーは、信頼性の問題を認識していながら原因の追求まで至っていないのではないかと考えます。応力値が予想と違う時、現象が説明できない場合、つまり測定値を説明する仮説(原因)を立てられない時に測定機器や測定方法を疑う傾向が見られます。つまり、応力の発生に関する知識が不足していることも考えられます。例えば、焼き入れ後の表面の残留応力は、マルテンサイト化開始温度以下の冷却速度で応力の引張、圧縮が逆転しますが、常に圧縮になると理解している人もいます。

現在の測定標準は、技術仕様的と理解しています、原理やハードウェアやソフトウェアの具備すべき仕様が記載されています。また測定の手順も原則的共通的なものが記述されており、その通りに操作しても必ずしも同じ測定値が得られるものではありません。ユーザーが求めているのは、誰が測定しても同じ値が得られる作業標準的なものです。内容は網羅的であり、鋼であれば鋼種、熱処理、形状毎に定められていることを期待しています。

測定値信頼性の評価方法を提示して、精度良く測定できているものとそうでないものを区別できることも重要だと考えます。

期待するものを具現化するにあたりすでに標準化された評価の高い先例を参考にするのは、悪い方法ではないと思います。経済産業省標準化経済性研究会,調査結果2)によると 鉄鋼業は標準化に成功した例とされています。その中でも経験がある誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析法の事例を述べます。

4 標準化により測定値の信頼性が改善した例

4.1 鉄鋼のICP分析

標準化前は、分析値の信頼性の問題あったが標準化により問題が解消された例です。ICP(発光分光分析法)とは、鋼を酸等で溶解して溶液化してプラズマ発光させて分光して波長から成分元素の種類を判定し、その強度から各元素の含有量を求める方法です。日本では、XXX年に標準化がなされました。1990年代には、ICP機器自体は高精度化、自動化が進んでおり操作により測定値に差が発生しないと考えられていました。標準化以前の分析値のバラツキの原因に関しては、資料を発見することはできませんでしたが、2003年北京で以下のような経験をしました。私は、北京に分析会社を設立しました。ICP等の元素分析を北京の公的機関や大学に依頼していたので、日本から標準物質を大量に持ち込んでそれらに機関の分析値の評価を行いました。当時でも北京の機関には、欧米の最新機器が導入されており、機器による差はほとんどないと考えられていましたが、各機関からの分析値は、バラバラでした。当時の中国では、日本と違い、溶液化の方法が機関によって違い標準化されておらずそれがバラツキの原因だったと考えています。一方で標準化浸透していたと考えられる日本自動車会社と親会社分析会社の分析値の差は10%以内でした。

ICPの標準化には以下の特徴があります。

・推奨する分析方法としてICP適用可能範囲が明示されています。鉄鋼で分析される元素は27種類でその中でICP14種類の分析が推奨されています。ICPを分析として使用すべき元素と濃度の範囲を明示してあります。

・前処理を含めた全ての工程、手順が標準化されている。

・分析値の妥当性の評価方法が提示されている。

4.2鉄鋼のICP分析標準から読み解くX線の測定標準に期待すること

・測定する鋼(金属)の種類、熱処理、対象の形状ごとに、推奨するX線応力の測定方法が提示してあること。測定できる対象とできないものを分別して提示してある。例えばバネ学会測定標準は、対象をバネとして推奨するX線照射径と線径の関係を標準に提示してあります。

・測定間隔の決定、電解研磨の方法等の前処理を含めた全工程の手順が提示してあること。

・測定値の妥当性の評価方法が提示されていること。

ユーザー(エンジニア)は、測定標準が無謬性の要塞の中に超全と佇む技術仕様書ではなく、直面する数々の問題や課題を解決する作業標準書となって欲しいと期待しているのです。

 

参考文献

1)       小野,鉄と鋼,Vol.77,No.11, pp33-38 (1991)

2)       秋吉孝則, ぶんせき,No.11, pp.569-570(2007)

 

Comments